2009年05月20日

東郷和彦16/恩師との対話


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真の権威はいつまでも開いていなければならない。真の権威は
、深い自己把捉により、また他の権威との交通において、変化
するものである。

誤れる権威は、交通を断絶し、自分自身だけに関心をもち、真
理を、一つの排他的な真理を所有していると思いこみ、仮象に
おいて他人と語り、ただ自らの真理を拡張しようと欲する。他
人には聴かせるべきであって、検討させるべきではない。

しかし、交通の断絶する所、そこには究極において暴力と戦争
とが存在する。

ヤスパース「自由と権威」
『ヤスパース選集 21』60-61頁
理想社/斎藤武雄訳
1951年、スイス・ギムナジウム校長会議での講演
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【16~恩師との対話、12世紀ルネサンス考】

【註】
▼16から18の3回は、前回からの流れに沿って、外交の話
を少し迂回する。そして、外交に限らず、いわゆる「実務」に
おける哲学、思想の重要性について考えてみたい。

それぞれの実務において、表面的にはまったく関係ないのだが
、知らない間に、実は決定的な契機になっていた──それが哲
学や思想の力なのだろうと思うからだ。


▼調べてみると、イノチュウさんこと井上忠・東大名誉教授は
、ギリシア哲学の研究で名高い。1926年生まれ、現在83
歳。東郷さんが授業を受けたときは、まだ40歳にもなってい
ない、新進気鋭の哲学の教師だった。

ぼくは、代表作である『根拠よりの挑戦──ギリシア哲学究攻
』の文中、有名な術語である「イデア」を、「出(い)で遭(
あ)い
」と訳した箇所にぶつかったときにはビックリした。

著作は4冊本の『哲学の刻み』(法蔵館)、『モイラ言語──
アリストテレスを超えて』(1988年、東大出版会)、『超
=言語の探究──ことばの自閉空間を打ち破る』(1992年
、法蔵館)など多数。『アリストテレス全集』に参画。パルメ
ニデスの詩を七五調で翻訳するという離れ業にも挑戦している
。ケン・ウィルバーの翻訳に名を連ねてもいる。


▼ともあれ44年ぶりの“出で遭い”。東郷さんが差し出した
、学生時代のノートを手に取り、撫でながら、イノチュウさん
は、「私から、随分と悪い影響をお受けになったのではないで
すか」と言ってニヤリと笑った。


東郷 私は学生時代、井上先生から、「一切の前提を排して、
最後まで問い続けろ。根拠を問え」、この、一つのことを教わ
ったと理解しております。

井上 (ニッコリ笑って)未だに私は、その一つだけですよ。

東郷 (しばし絶句して)それを確認できて、きょうは本当に
うれしいです。

井上先生から教わったことは、外務省での仕事にとって、非常
に大事だったのです。

官僚組織で仕事をするわけですが、問題の処理の仕方には、い
ろいろな段階があります。官僚として私が、ずっと「それだけ
は、やるまい」と心に固く決めていたことがあります。それは
、こういうことです。

ある問題が起きて、「このくらいの大きさの問題だな」と判断
した後に、その問題のありようが、自分が責任を持っている2
年か3年の間に、必ず変わるわけですね。

そして、2年か3年の間で、難しい問題にならないように、大
過なく、その問題の責任が、自分に降りかかってこないように
、そーっと、後任者に引き継ぐべく処理する。これが、いちば
んやってはいけないことなんです。

この事なかれ主義と対極にあるのが、「根拠を問え」という姿
勢です。いったい、その問題の「ルート」は何なのかを考える
のです。そして、ルートが何であるかを把握すれば、その問題
を解決するために必要なことが、おのずから出てくる。

それは、解決をいたずらに急いではしゃぎまわることではない
。自分の任期の間に、「解決に向かってできることは何なのか
を考え出せ」、そして「自分がいる2年か3年の間に、できる
ことをすべて行え」ということなんですね。

自分にできるのはここまでだ、このくらいだ、と判断して、結
果として、仕事の量がそれほど多くない、というのなら、それ
でいいのです。けれども、一度「根拠」を徹底的に問うて、こ
れしかない、というところまで、煮詰めなければならない。

これは、官僚組織の中で忙しく動いていると、結構やらないの
ですよ。私も100%できたという自信はないけれども、しか
し、34年のうち、半分の17年がロシア関係でしたが、どの
職責の時にも、自分の“パイ”は何なのかを、最初の2、3ヶ
月間で掘り起こし、いま申し上げたような姿勢で、全力を尽く
してきたつもりです。

これを行なうには、妥協してはいけない。根拠は何かを問わな
ければならない、これにはエネルギーが要ります。そのエネル
ギーを、私は井上先生から頂戴したのです。そういう発想、身
の処し方を井上先生から教わっていなかったなら、おそらく、
できなかったと思います。

井上 私も、そのつもりで、講義をやっていました。そうおっ
しゃっていただき、うれしいです。


▼イノチュウさんは、ある試験の時、教室に一輪の菊の花を持
ってきて、「この菊を書け」という問題を出したという。

「えっ、菊の花について書くのですか」とぼくがたずねると、
イノチュウさんはすかさず「“について”ではないんです。こ
の菊“を”書くのです」。

「私はいろいろなところで教えましたが、こうした問題に、最
も真っ当に答えてくれたのは、駒場の学生さんでしたね。しか
し、本郷(3年、4年時)になると、ダメだったね。もう、【
学問】に毒されているから」と厳しい認識。

ほかにも、東大法学部を卒業した後、1945年の敗戦を経て
、文学部に入りなおし、アリストテレスの『形而上学』を3年
かかって読んだこと。プラトンを半ページ読むのに、1週間徹
夜しても終わらなかったこと。出隆先生の自宅での読書会のこ
と。「アリストテレスの『有』把握」という論文執筆によって
、哲学の眼を開いたこと。哲学学会という名の激しい“他流試
合”のこと、えとせとらえとせとら、さまざまな話をして、「
また、遊びにいらっしゃい」と見送るイノチュウさんに、別れ
を告げた。


──東郷さん、お疲れさまでした。

東郷 今日はありがとうございました。いやー、大変に緊張し
ました。

──やっぱり、緊張しますか。

東郷 ええ、恩師ですから。

──しかし、哲学の勉強って、学生時代しかできないですねえ。

東郷 じつは私は、在学中から卒業後一年間をかけて、ソクラ
テスから現代哲学まで、自分なりに、一冊のノートにまとめた
んです。これです。(と、何冊も綴じあわせた分厚いノートを
見せてくれる)

──えっ、卒業後も勉強してたんですか。

東郷 まったくの素人学問ですよ。しかし、必ず、少しでも原
典にあたるようにして。とにもかくにも原典にあたれ、と厳し
く教えてくださったのは、衛藤瀋吉先生でした。卒業して一年
たち初めて海外へ赴任する年に、やっと書き上げました。その
後、どの地に赴任した時も必ずこのノートの束だけは持って行
きました。

──そうでしたか。それは知りませんでした。当時、勉強した
哲学者のなかでは、誰に魅かれましたか。

東郷 ヤスパースでしたね。

──それは何故でしょう。

東郷 20代の時の未熟な印象論に過ぎないのですが、学生当
時、当時とても人気のあったサルトルの「実存主義」には、存
在の重みとか、自分で責任を問う生きかたとか、そういうもの
は感じました。でも、ヤスパースには、それを超えて、思索す
る、理性を究極まで極めれば、神にも通ずるのではないかとい
う、輝きというか、深みがあるように思いました。


▼師であるイノチュウさんも喜び、弟子である東郷さんも喜び
、ぼくも勉強になる、誰も損をしないひとときだった。こうい
う出会いは、何度でも歓迎したい。


【註】
▼次回と次々回、イノチュウさんの話を続けようと思うが、そ
の前に、少し長い註を。

▼高校時代、近所の古本屋のおやじに、ハスキンズの『十二世
紀ルネサンス』(みすず書房)という本を薦められたことがあ
る。この「12世紀ルネサンス」という言葉が、次回と次々回
のキーワードである。

この術語が指し示すところは、21世紀の歴史にとって極めて
重要だとぼくは考えているのだが、知っている人は知っていて
、知らない人はまったく知らない話なので、少し紹介する次第
である。碩学・伊東俊太郎による叙述を辿ってみたい。


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十二世紀は西ヨーロッパ史にとって実に大きな意味をもつ時代
であった。それはまさしく西欧世界の離陸(テイク・オフ)の
世紀と称してまちがいない。ここに固有な意味での西ヨーロッ
パ文明の礎をなす、さまざまな文化的基礎が準備されたからで
ある。(中略)

十二世紀において西欧はアラビアやビザンツを介し、はじめて
十分な意味でギリシア・ローマの文明をわがものとなし得、そ
のことによりその後の西欧文明の自立的展開を可能にする知的
基盤を築き上げたのである。

今日西欧文明はギリシア.ローマ文明の子であるということを
、ほとんど自明のこととして前提しているが、西欧文明がこう
言われてよい文化的状況をかち得たのは一体何時のことである
かを歴史的に精密に規定しようとするならば、人はまさしく十
二世紀を指定しなくてはならない。

チャールズ=ホーマー=ハスキンズが「十二世紀ルネサンス」
とよんだこの巨大な知的回復運動によって、西欧世界はまさに
質的変貌をとげるのであり、この変化はその後の西ヨーロッパ
文明の運命にとってほとんど決定的な意味をもつものであった
。(中略)

(ラテン文学、古代ローマ法、新プラトン主義の復活などとと
もに)アリストテレスの哲学がはじめてあらゆる面においてと
り入れられ、スコラ哲学の形成の地盤を準備した。(中略)

(8世紀から9世紀にかけての)「カロリング・ルネサンス」
が教化的・教育的性格のものであり、(14・15世紀の)「
イタリア・ルネサンス」が文芸・美術において絶頂をきわめた
とするならば、この両者の間に立つ第三の「十二世紀ルネサン
ス」をすぐれてきわ立たせているものは、何よりもまずその知
的な性格であると言ってよいであろう。

すなわち法学・哲学・科学などの復興においてそのもっとも著
しい特徴が見出されるのである。

従ってインテレクチュアル・ヒストリの立場からするならば、
これは中世におけるもっとも重要なルネサンスであり、この点
ではカロリング・ルネサンスに対してはもちろんのこと、十四
・十五世紀のルネサンスに対してすら、それをはるかに凌駕す
る大きな意義を有するのである。

そしてカロリング・ルネサンスがイギリスから招来され、クワ
トロチェントのルネサンスがビザンツからもたらされたとする
ならば、十二世紀のルネサンスは主としてアラビアからやって
来たと言ってよい。

実際十二世紀はアラビア文化圏からラテン文化圏へと古典文化
の移譲が行なわれた時代であり、西欧がアラビアの文化的衝撃
をまともにうけた「アラビア・ショック」の時代であった。西
欧はよくこのアラビアの知的挑戦に耐え、これを克服すること
によってその後の世界文明史の中心に進み出てゆく知的基盤を
つくり上げたと言える。

伊東俊太郎「十二世紀ルネサンスと西ヨーロッパ文明」
『岩波講座 世界歴史 10 中世ヨーロッパ世界2』
151-155頁
1970年6月18日 第1次発行
1974年3月11日 第2次発行
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▼他にもこの12世紀は、ユークリッドやヒポクラテスなどの
ギリシア科学の遺産が、アラビア語、ギリシア語からラテン語
に続々と翻訳された時代でもあることを見落としてはならない。

つまり「十二世紀は西ヨーロッパがはじめてギリシア・ローマ
の古典文化を本格的に移入し、それを自らのうちに“再生”し
て来た文字通りの意味での「ルネサンス」の時代だったのであ
る」(154頁)。

▼さらに引用を続ける。


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十二世紀におけるアリストテレスの消化・吸収は、次第に中世
思想の主点をアウグスティヌスからアリストテレスへと移行さ
せ、やがて十三世紀に「キリスト教とアリストテレスの総合」
という中世最大の哲学的な精神の冒険を遂行させる。これがア
ルベルトゥス=マグヌスからトマス=アクイナスにいたる西ヨ
ーロッパの知的独創であることは言うまでもない。

しかしこの「スコラ哲学の形成」と言われているものは、十二
世紀ルネサンスにおける成果を土台としていることに注目しな
ければならない。

いわゆる「トマスの革新」の新しさは実にアラビアの新しさに
ほかならなかった。実際トマス=アクイナスはフリートリヒ二
世がアラビア文化研究の前進基地として建てたナポリ大学で教
育されたのであり、早くからこの新たな刺戟的文化に接し、そ
の光に浴していたのである。

トマスがしばしば自覚的にアラビアの異教徒に反対する使徒的
情熱を示すとすれば、それはまた逆に彼がいかに深くそれに影
響されていたかを示すものにほかならない。

彼の『神学大全』とマイモニデスの『不決断者の導き』を比べ
るならば、トマスの独創もさることながら、その間にいかに多
くの本質的一致を見出すことであろうか。

いわゆる「十三世紀革命」は十二世紀におけるギリシア・アラ
ビアの思想的挑戦に対する西欧キリスト教世界の最初の体系的
応戦であったと言ってよい。

かくして十二世紀ルネサンスは、ギリシア・アラビア哲学の移
入を通じて西ヨーロッパ思想史における一つの大きな転回点を
つくり上げ、その真にヨーロッパ的なる思考の出発点をつくり
上げたと言うべきである。

164-165頁
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▼以上の引用によって、12世紀ルネサンスの歴史的価値、そ
の一端に理会していただくことができたと思う。そしてイノチ
ュウさんの本のなかにも、思いがけず「12世紀ルネサンス」
をめぐる記述を見つけることができた。

(つづく)

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