◆今号のポイント◆-------------------
「分断して統治する」側の知恵と経験を、知る必要がある。そ
れは“点”からだけでは、絶対にわからない。それは、残され
た記録から探る以外に、有効な方法はあまりないだろう。
----------------------------
▼6月22日に紹介した金平茂紀の報道の再生回数(252回
)が、6月24日の深夜には580回を超えていた。新たに3
30回以上再生された。そのうち本誌で知った人が何人いるか
知らないが、かりに200人とすれば、読者数約5000人の
うち200人が見た計算になる。約4%ね。だいたいそんなも
んだとすると、うれしい。短くて内容が詰まっているから、オ
ススメですよ。
http://www.dailymotion.com/video/xj8m3f_yyyyyyyyyyyyy-yy_news
▼『原発のある風景』はいい本だよ、原発事故に興味があって
、まだ読んでいない人は、損してますよ、と書いたら、「損を
した口ですが」というメールをいただいた。抜粋して紹介する
。適宜改行と▼。
----------------------------
損をした口ですが
2011年6月6日 月曜日 午前10:49
お久しぶりです。「PUBLICITY」の連発に嬉しい思いです。
▼『原発ジプシー』と『原発のある風景』は懐かしい本です。
東京の反原発をあれこれやっているときにしばしば見かけたか
らです。ただ、ぼくも『原発のある風景』は読んでいません。
その意味では損をした口だなと思うし、今度は読んでみようと
思っています。
『原発ジプシー』は初版で読んでいます。集会に堀江さん本人
が売りに来ていて、署名を書いていただいた本がありますが、
増補改訂の話は聞いているので、見てみようと思っています。
▼『原発のある風景』の方は、おっしゃるとおり、代々木系と
して仲間内でも敬遠されていました。
反原発は、やはり全共闘系―社会党―自治労が軸でした。
あの当時、共産党は科学的社会主義を標榜し、原発も人民が管
理すれば安全であると言ってはばからなかったですね。
民青と議論になって、原発の危険性を主張したときに、「する
と君は科学の進歩というものを信頼していないのだね」と聞い
たセリフをよく覚えています。
▼また、三里塚と同様に、原発現地の反対運動でも、当初は同
調しても次第に離反していき、その内にトロツキスト呼ばわり
を始めるので代々木は、蛇蝎のごとく嫌われていました。
ぼくは双葉町や女川、和歌山県の日高など反対運動を訪ねたこ
とが何度かありますが、「代々木ではないか」と警戒されたこ
とがよくあります。
柴野さん(ガン闘病中だそうですね)の本も今回は読んでみよ
うと思っています。
----------------------------
▼そういう難しい事情があったのか。新鮮な発見のあるメール
に感謝です。そりゃ、読みたくなくなるのも無理はないね。言
われてみれば、哀しいことだけど、理解できる。
ただし、30年も経ってしまえば、そしてこんな情況になって
しまえば、残された活字から価値を生み出すことも、そんなに
難しいことではないだろう。
『原発のある風景』の作者の柴野徹夫は癌で闘病中なの? 知
らなかった。聞けるなら当時の話をぜひ聞いてみたい。
▼『原発ジプシー』にせよ、『原発のある風景』にせよ、そも
そも、こういう文体、こういう形式で、闇に光をあてる闘いを
【やってもいいのだ】
という認識そのものが、現役の報道人のアタマにないのかもし
れない。いま原発報道に携わっているテレビ人、ラジオ人、新
聞人にこそ読んでほしい。
これらのルポルタージュが挑んだ闘いは、闇の中に“点”を灯
(とも)し、問題の稜線(りょうせん)をつかみ、浮き彫りに
した“面”のなかに読者、視聴者を引きずり込む闘いだった。
いろんな観点から考えて、つらく、苦しい闘いだったと容易に
想像できるが、それを30年前のニッポン人にできて、201
1年のニッポン人にできないという道理もないだろう。
▼前々号でぼくは、「常に少数派である反国家主義思想の持ち
主たちの間で、目も当てられない内部抗争が起こされる。その
歴史は、当事者たちは当然、語りたくないから、消えていく。
そして「分断して統治する」側の経験と知恵は蓄積されていっ
ただろう」と書いた。
なぜ原発を止められなかったのか。その理由のほんの一つだが
、当時の雰囲気をうかがい知ることのできる今号の投稿だった。
「分断して統治する」側の知恵と経験を、知る必要がある。そ
れは“点”からだけでは、絶対にわからない。それは、残され
た記録から探る以外に、有効な方法はあまりないだろう。
みくらべて、さかのぼり、よびなおす。力を注ぐべき点は飽く
までもこの三つだ。本誌の方法論に変わりはない。
(つづく)