2009年05月10日

東郷和彦09/職業としての外交


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quis,quid,ubi,quibus auxiliis,cur,quomodo,quando?

誰が、何を、何処にて、如何なる助けによって、
何故に、如何に、如何なる時に。
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【09 第2章:職業としての外交】

──まず、第1章の補足として、東郷さんの国家に対する感情
についてうかがいたいのですが、『歴史と外交』では、次のよ
うに回想しておられます。

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2001年3月、森喜朗総理とプーチン大統領とのイルクーツ
ク会談で、戦後の領土交渉において日ロ両国はもっとも近づい
た。この会談にいたる交渉で、私は外務省で学んだことをすべ
て投入し、自分の力のかぎりを燃やしつくしていた。

『歴史と外交』8頁
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──そのうえで、次のような問題設定がなされています。


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私のなかには“空白”があった。外務省の生活のなかで、心の
なかにずっとひっかかっていたけれど、十分に考える機会がな
いままに過ぎてしまった問題があったのである。

それは、祖父東郷茂徳の問題だった。太平洋戦争開戦時の東條
英機内閣とこれを終戦に導いた鈴木貫太郎内閣の双方で外務大
臣となり、戦後に極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯と
して禁錮二十年の刑を受け、一九五〇年に獄中死した茂徳が、
先の大戦についてどんな認識をもっていたのか。戦後の日本外
交形成に参画してきた私として、それをどう受けとめるべきか。

さらに、私は欧亜局長として、二〇〇〇年五月におこなわれた
天皇・皇后両陛下のオランダ御訪問の準備に参画していた。そ
の準備のための小渕恵三総理とコック・オランダ首相との会談
を準備する交渉の日本側団長も務めた。

第二次世界大戦中の日本によるオランダ領東インド(蘭印、現
在のインドネシア)占領によって起きたオランダ人抑留者問題
について、政府間で決着させるための交渉であった。この交渉
は、日ロ領土交渉を別とすれば、外務省在職中、私にとっても
っとも思い出に残るものだった。

この交渉で私が思った「苦しんだ人たちの心に直接届くような
、謝罪の言葉がもう一回必要だ」という立場と、東郷茂徳が東
京裁判で主張し、遺著『時代の一面』のなかでも明確に述べら
れた「太平洋戦争は、日本にとって、自衛のためのやむをえざ
る戦争だった」という立場とは、どういう関係にあるのか。私
のなかでは、まったく矛盾していないこの二つの立場を、明治
以来の日本外交史のなかでどう位置づけたらよいのか……。

9-10頁
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──いわば、国家の組織から裏切られるかたちになったのにも
かかわらず、その後も積極的に、「国益」のために活発に知的
努力を重ねておられる。2002年以前と以後と、その意志は
、どうつながっているのでしょうか。

東郷 それはすごく単純な話です。私は、『歴史と外交』で歴
史問題に向き合い、執筆したのと同じ態度で、日ロ外交に携わ
っていたわけです。両者とも、その態度は全く同じです。後者
は、結果的に失敗してしまった。前者は、いま始めたばかりで
す。

──国家への感情は変わらない?

東郷 変わりません。ただし、言うまでもなく立場が違います
。日ロ外交には、政府の政策の責任者として携わった。歴史問
題には一言論人として取り組んでいる。もちろん言論活動を極
めていきたいですが、それは、最終的に「結果を出す」のが目
的ではありません。

政府の当事者の方々、ものごとを決定する立場にある方々には
結果を出してほしいし、そのために自分にできることはするつ
もりですが、その、自分にできることは何かというと、自分の
思想を明晰にして、勇気をもって、臆せずにきちっと発言する
こと。そしてそのことによって、私の第二の人生を全うすると
いうことです。本当に「結果を出す」ことを目的にするのであ
れば、思想を鍛えると同時に、政治の世界に入らなければ、で
きません。

一言論人としての歩みは、ある意味で爽やかな気分で(笑)、
始めたばかりですが、対ロ外交は、自分で政策を進めていって
、いわば「王手」をかけたところで、引きずり降ろされた。こ
の現実は、どうにも否定しがたい。色濃い挫折感、痛恨の思い
は、どうにもならない。消えないし、消せません。

いまは、谷内さん(谷内正太郎政府代表、前外務事務次官)で
あれ、誰であれ、ぜひ結果を出してほしいと心から思います。
それは、素直な気持ちですし、いま自分ができなくて残念だと
は、ほとんど思わない。

──しかし、ほんとうに後悔がないんですね。

東郷 ロシアとの交渉に関しては、悔いがないんですよ。国内
に関しては、“透明なビニール”をついに打破できませんでし
たが、これは自分の能力を超えていた。ただし、そこを打破で
きなかったことが結局、その後の崩壊に繋がったわけで、残念
です。

国家への感情についてですが、私にとって国家は非常に重要で
す。「道義」「公」「51対49」、それらの理念の基底には
「国家」がある。

私は、日本がいまよりも世界で尊敬される国になってほしいし
、そのためにはどうしたらいいか、考えます。そのときに出て
来るターミノロジーは、やはり「国家」です。国のために北方
領土を取り返す。国のために歴史和解を実現する。何も新しい
ことではありませんけれども。


──東郷さんは、先ほど「中道に就く」と言われましたが、中
道に就くとは、妥協するという意味ではないですね。思い当た
ったのですが、『歴史と外交』のなかでは、「靖国問題」「慰
安婦問題」「竹島問題」の三つの論点で、「中道に就く」とい
っていい提案がなされている。それは「活路を見出す意志」と
もいえる。意志がかたちになっていると感じます。


【註】
▼ここでその3点について、最小限の該当箇所を引用しておく。

<靖国問題>
※モラトリアム化(一時的な参拝停止)~
東郷さんの提案は、
「モラトリアム」の期間をもうけて、その間に、次の三つのね
じれを解決する、というものである。

1:A級戦犯の合祀問題とその前提となる戦争責任の問題
2:「遊就館」と靖国神社の歴史観の問題
3:戦没者の慰霊と憲法第二十条の、政教分離の問題

「中国が、問題を表に出さない政策をとっている、いまがチャ
ンスなのである」(61頁)


<慰安婦問題>
※道義的責任を果たすチャンス~

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(西松判決によって)戦後補償の問題はこれで終わったわけで
はない。むしろ法的には免責されることが確定したことによっ
て、一連の補償問題はまったく新しい局面に立ち、最終的な和
解に到達するための千載一遇の機会が訪れたように思えるので
ある。

道筋としては、これまで、法的追及を恐れて控えていた謝罪と
補償を、官民ともに、人道的な観点から、自発的に、実施する
のである。

政府としては、まず、基本姿勢を明らかにすることだと思う。
法的義務としてではなく、人道的な観点で自発的にもう一回、
戦後処理のなかで実現されていなかったものを調査し、できる
だけのことをする用意がある旨を明らかにする。これだけでも
、強制連行訴訟に直面する企業には、重要な方向性の示唆にな
る。(中略)

世界は、それぞれの国が、みずから防ぎえなかったことに対し
て、どう対処するかを見ているのである。長い目で見た、国家
の矜持がかかるのではないかと思うのは、それがゆえである。

101-103頁
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▼さらに続ける。


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世界のなかで日本が孤立化し、魅力のない、尊敬に値しない存
在ということになれば、畢竟それは、日本の衰退につながる。
いま、日本国内には年金、医療、教育など無数の問題がひしめ
いている。にもかかわらず、世界全体のなかで、日本は住み心
地のよい、それなりに豊かな国である。日本の衰退は、そうい
う住み心地のよさを、やがて壊滅させることになる。

だが、私の見るところ、この問題に日本が勝つ方法がひとつだ
けある。

1:まず、慰安婦問題にたいする世界の世論がどう動いている
かについての正確な情報を蓄積する。日本が発するメッセージ
は、世界の世論が「なるほど」と思うかたちで発せられねばな
らない。

2:メッセージの中核は、「日本が過去に他者に与えた痛みを
感じ取る国であること」におく。それは、河野談話の中核にあ
る考えかただし、また、『ワシントン.ポスト』紙への意見広
告のなかにも、目立たないかたちではあるが、述べられている
思想である。

3:メッセージには、行動をともなわせる。ニ〇〇七年四月二
十七日の最高裁判決によって、いかなる国の慰安婦からの個別
訴訟によっても、国は敗訴することはなくなった。この事態を
むしろ「チャンス」ととらえて、国として、道義的な観点から
できることを考える。

4:以上の対応は、「慰安所は『レイプ・センター』であり、
日本は、二十万人以上の性奴隷をつくりだした」という認識に
もとづく必要はまったくない。むしろ、以上のようなメッセー
ジと行動の基礎として、秦郁彦氏や吉見義明氏のおこなった地
道な事実調査を位置づける、日本としての歴史認識をきちんと
添付する。

現下の日本の政治状況を見ると、日本のなかに、アジア女性基
金のような活動を再開する政治的エネルギーが、欠けているか
もしれない。新しい活動はできないというのであれば、少なく
とも、政治家からもオピニオン・リーダーからも、日本から発
するメッセージは、他者の痛みを理解するものとなっているこ
とが、ぜひとも、必要である。そこを基礎とするならば、いず
れ慰安婦に関する歴史的真実を国際的に、明らかにしていくこ
とが可能だと思う。

これが、明治以降の日本の名誉と、敗戦から学んだ戦後の日本
のもつ道徳観の双方を生かし、世界のなかで日本が矜持を保ち
、尊敬を獲ちうる最も適切な道であると思う。

104-105頁
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<韓日の竹島問題>
※どんなかたちであれ対話を継続するための智恵~

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この袋小路から抜けだす方策が、ひとつだけあると思う。

民間の研究者・有識者のあいだで、相互の認識のギャップにつ
いて、冷静に意見交換をすることである。

日本側は、なぜ韓国側がこれほど怒るのか、その心情と理屈に
、とにかく耳をかたむける。

韓国側は、自分たちの考えを、とにかく、日本側に話してほし
いと思う。

多くの韓国人は、独島問題について、日本人と話すのも不愉快
だ、独島が韓国領だということは、あまりにも自明だから、話
す必要はない、なすべきことは、世界の世論に訴えることだと
思っているのかもしれない。しかし、めざす相手は、日本なの
である。いかに不愉快でも、その日本と話しもしないで、どう
して、世界の世論が韓国についてくるのだろうか。

そこから、日本の意見を聞くというプロセスも、始まっていく
だろう。

150-151頁
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──特に「慰安婦問題」で、「いかなる国の慰安婦からの個別
訴訟によっても、国は敗訴することはなくなった」「この事態
をむしろ「チャンス」ととらえて、国として、道義的な観点か
らできることを考える」ように主張されている箇所で、いろい
ろと考えさせられました。

これらの主張は、中道に就くための具体的な智恵であるといえ
るし、「世の中=国家」という錯覚を毀すために、非常に有効
であると思います。ぼくは、これらの点が類書と違う点だと思
うのですが、ご自身では自覚されますか。

東郷 いま挙げていただいたような意見を私が主張するのは、
要するに、「私は外交官をやっていた」ということなのだと思
います。つまり、私は学術のみに従事してきた者ではない、と
いうことです。

「外交をする」ということは、まさに「政治をする」というこ
とと同義で、「物事を変えていこう」とすることです。

そうすると、物事を変えるのは、「タイミング」なんです。タ
イミングをうまくつかんで、そのときに、一気呵成に、持てる
力のすべてを集中して取り組めば、かなりのことが動く。

ところが、タイミングのないときに、いくら力を結集して動い
ても、逆にこちらが倒れてしまう場合がある。また、タイミン
グのあるときに力を集中して取り組まなかったならば、そのタ
イミングが終了してしまう。

少なくとも、外交交渉にとって、今申し上げたことは、本質的
なことです。という意味において、おそらく私は外交官である
ことをやめられないのですよ。普段の生活のなかでさまざまな
出来事を見ていても、常にそういう発想になるわけです。

「動くのは今だ」「決断すべきは今だ」という──。

ただし、以前と違うのは、「今だな」と見えた時に、そのこと
を「言う」ということですね。いま挙げられた「西松判決」の
時に私はサンタバーバラにいたんですが、この出来事に関する
意見は世に問うてみたいと思い、書きまして、朝日新聞の知人
に連絡したら、注目して、載せてくださった。原稿の内容につ
いて、あまり注文もつきませんでした。

しかし、もしも私が外務省の要職にいて、同じことを感じた時
には、私の動きは全然違うわけです、ほんとうに「動かそう」
と思ったら。

どこに根回しをするか考え、新聞には私が考えていることは述
べない。そしてその問題に具体的に携わっている方々と連絡を
とって、政府の中でそれを動かすことができる人や、その問題
を扱うべき局長と連絡をとって、根回しをする。そういうこと
を考えるわけです。

北方領土交渉では、それをやろうとした。いまの私は、歴史問
題に関しては、「あっ」「今だ」と思ったときには、意見を言
う。それを黙っていて、「ほんとは自分はこう思うんだがなあ
」と思っていながらそれを言わないで、内攻的になるのは、や
めようと思っています。

(つづく)

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